朝ドラ【風、薫る】予習:看護が“賎業”と呼ばれた時代、実在2人の女性が切り開いた「看護師」という道 (3/7ページ)
けれども、今から百数十年前の日本では、その看護師という職業がなかったどころか、「看護」という概念がありませんでした。
江戸時代までの日本は、病人や怪我人の世話(看護)は、家族・奉公人(家内の使用人)・近所の人などが担当していました。
つまり、“医療のプロ”ではなく、普段の生活の延長として、素人が経験などをもとに見よう見まねで看護を担っているのが一般的だったのです。
当時は、まだ「病院」という施設がほぼない・医師はいても診察は往診が基本・治療も漢方が主流・医師は都市部にしかほぼない……という背景が影響していました。
五雲亭貞秀「痘瘡、麻疹、水痘」public domain 東京都立図書館デジタルアーカイブ TOKYOアーカイブ
明治時代に「看護」という仕事が生まれたわけ江戸時代の終わりから明治維新後にかけて、日本でも急速に西洋医学を取り入れるようになりました。
ようやく、病院という施設・手術・消毒という概念・傷や病気の管理・組織的医療という、欧米由来の診療体系が導入されたのです。
それに伴い、医師だけの手では回し切れないほどの実務作業が必須になりました。
清潔の維持・傷の包帯交換・食事と排泄の管理・感染予防対策など、今までの家庭内の素人レベルの「看病」ではなく、看護に関する知識と専門的な技能を持つ人材が必要になったのです。