『豊臣兄弟!』“悪役” 松永久秀(竹中直人)は本当に東大寺大仏を焼いたのか?史料から見えた真実 (2/6ページ)
信長と対面する松永久秀。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
大仏殿が消失、大仏の首が落ちる―永禄10年の戦火驚愕の事件は、1567年(永禄10年)10月10日に起きた。奈良時代、聖武天皇により国家鎮護の象徴として鎮座せられた大仏(廬舎那仏)が二度目の戦禍にあい、大仏殿が消失、大仏自身も炎上し、その首が落ちたのだ。
ちなみに一度目の戦禍とは、1180年(治承4年)、平重衡(たいらのしげひら)の兵火によって伽藍の大半が灰燼に帰した時だった。そして、1567年の戦禍とは、松永久秀と三好三人衆による合戦から生じたものだ。
両者はこともあろうか、貴重な文化財が集中する奈良、それも東大寺の境内で戦いを始めた。三人衆は約2万の兵で大仏殿・二月堂を占拠。