『豊臣兄弟!』お市の長政介錯は史実?義昭のその後、義景斬首の実際…怒涛の展開、第17回放送を考察 (9/11ページ)
……浅井日向守長政を引取御介錯可仕(つかまつるべし)と申けれは心得たりとて頓て(やがて)御腹めされける日向守も頓て介錯仕る長政満る年は二十九をしまぬ(惜しまぬ)者はなかりける則(すなわち)日向守も腹かき切て伏たりける……(中略)……誠に此(この)長政十六より武将を取(とりて)一度もにふき(鈍き)事あらさりけるか最後のきは迄(際まで)かく手はやく御腹めされし事古今まれ成剛将なりとて敵も味方も感しける……
【意訳】浅井日向守(ひゅうがのかみ)は長政を保護し「それがしが介錯つかまつる」と申し、長政は心得たと腹を切った。日向守は速やかに介錯する。長政29歳。その死を惜しまぬ者はなかった。日向守も後を追うため腹を掻き切り、うつ伏せになって絶命する……(中略)……この長政は16歳より武士として生き、一度として鈍いこと≒未練の振る舞いなどはなかった。そして最期まで迷いなく腹を切った潔さは、古今まれなる剛将であると、敵味方分け隔てなく感銘を受けたのである。
……ということです。ここに近江の雄・浅井一族は歴史の表舞台から姿を消したのでした。
これを踏まえて大河ドラマを見直してみると、また違った感想が湧くかも知れませんね。