【豊臣兄弟!】加藤清正・福島正則・石田三成が登場!史実で見る秀吉の『最強スター家臣団』の栄光と亀裂 (4/9ページ)

この頃は、まだ「娘」っぽさが残っていた寧々。(NHK大河『豊臣兄弟!』公式サイトより)
寧々に頭が上がらなかったという清正・正則・三成たち寧々が我が子のように育てた「子飼いの家臣」といわれる武将たち。今回は、加藤清正、福島正則、石田三成の幼少期などを簡単にご紹介しましょう。
▪️加藤清正永禄5年(1562)、刀鍛冶・加藤清忠の子として、豊臣兄弟と同じ尾張国愛知郡中村(現在の名古屋市中村区)に生まれました。通称は虎之助。
母の伊都は、豊臣兄弟の生母・なかとは従姉妹(もしくは親戚)だったとか。父は、清正が3歳の頃に亡くなり、伊都は女手で一つで清正を育てるも、9歳の頃に秀吉・寧々のもとに預けたそうです。秀吉とは25歳、寧々とは16歳の年齢差がありました。
清正の幼少期の逸話は数多くあり真偽のほどは定かではありませんが、小さな頃から身の丈が高く骨太で目鼻立ちがはっきりしている男児だったということが共通しているようです。腕っぷしも強く、年上の子供たちを相手に相撲をとっても、誰一人として清正に勝つものはいなかったとか。
あるとき、餓鬼大将の清正が、近所の子供たちを引き連れて遊んでいたときのことです。一人の子供が古井戸に落ちてしまいました。皆が驚き泣いて大騒ぎする中、ひとり冷静だった清正。
皆に帯を解くよう指示し、それを結び合わせて長い紐を作りました。