朝ドラ『風、薫る』孤児を救い異国で命に寄り添った女性…工藤トメのモデルとされる広瀬梅の生涯 (4/6ページ)
※参考記事:
朝ドラ『風、薫る』梅岡女學校のモデル「看護婦養成所」とは?りんと直美が目指したトレインド・ナースを史実から考察梅は同校に入学すると、固い決意を示すために断髪。当時は女性が髪を短くすること自体が珍しかった時代ですから、そこには強い覚悟があったのでしょう。
当時の日本において、看護婦はまだ尊敬される職業とは言いにくい面がありました。病人の世話は家族がするものという考えが強く、職業としての看護には偏見もありました。その中で梅たちは、知識と技術を身につけ、病む人を支える新しい女性の働き方を模索していきます。
梅の生涯に大きな変化が訪れたのは、災害によってでした……。
桜井女学校附属看護婦養成所の第1期生。梅もその一員として実習に参加した。
ナイチンゲールの精神を体現!孤児の支援と後進の教育に捧げた後半生明治29(1896)年6月15日、明治三陸地震津波が発生。三陸沿岸を中心に、死者約2万2千人、流出・全半壊家屋1万戸以上という、わが国の津波災害史上最大級の被害を出しました。
梅は救援活動のために現地を来訪。そこで身寄りを失った乳児の一人に出会います。
