『豊臣兄弟!』さらば半兵衛…風に舞う桜吹雪が「大義であった」と労った天才軍師の最期を史実と共に考察 (2/9ページ)
(NHK「豊臣兄弟!」公式「X」より
「軍中にてこそ死なめ」と播磨に戻る半兵衛以前、爆死した松永久秀を演じた竹中直人さんが「歴史を塗り替えてこそ、真の大河ドラマ」と“豊臣兄弟”にエールを送った……という記事がありました。
べらぼうの脚本家の森下佳子さんも「大河は『祭り』だとNHKサイドから言われた」と言ってましたっけ。
まさに今回は、菅田将暉さんの渾身の演技・脚本の妙・幻想的なビジュアル演出ほか、記憶に残る総合芸術回になったと思います。
ドラマでは、播磨国三木城の攻防最中に病に倒れた竹中半兵衛。
『太閤記』や『常山紀談』では、「体が弱く細く女性のように美しい容貌」で、出陣のときは静かに馬に跨っていることが多かったとあります。
けれども、『竹中家譜』によると病に倒れ秀吉に静養を勧められても「陣中で死ぬ事こそ武士の本望」と断ったそうです。
また、幕末の館林藩士・岡谷繁実『名将言行録』では、三木城攻防の最中に倒れ一度戦線離脱するも「軍中にてこそ死なめ」と軍陣に戻り病死したとあります。
さらに、半兵衛の嫡子・竹中重門が著した秀吉の伝記『豊鑑』では、都で治療を受け一時的に「さわやぐ」(病が回復)も、「播磨にて死なむことこそ軍場に命を落すに同じかるべし」(播磨で死ぬことは戦場で命を落とすことと同じ)と、軍陣に戻ったとか。
半兵衛の病は、労咳(結核)では?と推測されています。