『豊臣兄弟!』さらば半兵衛…風に舞う桜吹雪が「大義であった」と労った天才軍師の最期を史実と共に考察 (9/9ページ)

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(NHK「豊臣兄弟!」公式サイトより)

「大義だった」と桜の花吹雪が労った最期

菅田さんは役作りのために減量し、髪の毛を伸ばし地毛で臨んだそうです。

皆に囲まれて眠るように亡くなった半兵衛は、「椅子に座ったまま亡くなった諸葛孔明を皆が囲み別れを惜しむ場面」の再現のようでした。

半兵衛が亡くなったのは天正7年6月13日(1579年7月6日)。「桜が咲いているわけない」という声もありますが、ドラマの桜の演出は、半兵衛との別れを飾るにふさわしい記憶に残る場面だったと思います。

信長の「大義だった」という言葉と同じ。

「風」に吹かれ髪に頬に身体に優しく舞い散る桜吹雪が「大義だったね」と半兵衛を労っている……そんな思いを込めた、ドラマからの別れの演出だった気がします。

そして、さまざまな表情を細かい演技で魅了してくれた菅田半兵衛への、最大級の「はなむけ」だったとも。見事でした。

参考:館林藩士・岡谷繁実『名将言行録』

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