『豊臣兄弟!』本能寺の変、勃発!信長を失った豊臣兄弟はどう動く?次回へ続く「中国大返し」と山崎決戦を解説 (3/10ページ)
ここでかねて招集していた織田信孝(結木滉星)・丹羽長秀(池田鉄洋)・池田恒興(堀井新太)・池田元助(恒興嫡男)らが、続々と尼崎城へやってきました。
信孝が秀吉の呼び出しに応じた理由
信長の三男である信孝が、重鎮とは言え家臣に過ぎない秀吉に呼び出されたことを不思議に思った方も少なくないでしょう。
信孝が秀吉の指示に従った理由は、大きく以下が考えられます。
一、身分の上下を問うている場合ではない
一、秀吉が中四国戦線で最大の兵力を抱えていた
弔い合戦に時間をかけると、明智光秀に与する者が現れないとも限りません。そこで力を合わせ、速やかに光秀を討つ必要がありました。
そんな中、大軍を抱える秀吉は、一度動き出せば小回りが利きません。何かと時間がかかるため、動きは最小限におさえる必要がありました。
またもし秀吉が心変わりして光秀に与することがあれば、畿内周辺の織田家臣にこれを抑えられる者はいません。
素早く光秀を討つため、また寝返られないためにも、秀吉には色々と気を遣う必要があったようです。