『豊臣兄弟!』本能寺の変、勃発!信長を失った豊臣兄弟はどう動く?次回へ続く「中国大返し」と山崎決戦を解説 (4/10ページ)

Japaaan

一番手は高山右近に

先陣をめぐって口論する両将(左が高山右近、右が池田恒興)。歌川貞秀 「太平記之内 山崎合戦競先鋒図」

ともあれ羽柴陣中の軍議では、諸将が先鋒を競いました。

池田元助が我こそはと名乗りを上げますが、高山右近(市川知宏)や中川清秀(すがおゆうじ)がこれに反対します。

丹羽長秀は「上様はこういう時に序列を重んじられたと思うが、羽柴殿はいかが思われる」と秀吉に意見を求めました。

秀吉も「その通りである」と答え、以下の通りに定めます。

一番手 高山右近 2,000 二番手 中川清秀 2,500 三番手 池田恒興・元助 5,000 四番手 丹羽長秀 3,000 五番手 織田信孝 4,000 六番手 羽柴秀吉 20,000

こうして見ると、秀吉の兵力がケタ違いですね。6月12日に京都山崎へ入り、明智方に決戦を求める使者を発しました。

光秀は決戦を受けて立ち、翌6月13日に両軍は山崎の決戦へと臨んだのです。

「『豊臣兄弟!』本能寺の変、勃発!信長を失った豊臣兄弟はどう動く?次回へ続く「中国大返し」と山崎決戦を解説」のページです。デイリーニュースオンラインは、阿閉貞大開田太郎八進士貞連諏訪盛直津田重久カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る