『豊臣兄弟!』本能寺の変、勃発!信長を失った豊臣兄弟はどう動く?次回へ続く「中国大返し」と山崎決戦を解説 (7/10ページ)
そのころ主戦場では、高山右近と明智勢の先鋒部隊が激突します。左翼から中川清秀、右翼からは池田恒興父子が回り込んで明智勢を包囲殲滅しました。
死闘の結果、明智勢は多くの将兵を喪っています。
【討死した者】
松田政近 伊勢貞興 諏訪盛直 御牧兼顕 並河易家:討死説あり【逃亡した者】
斎藤利三:のち処刑 阿閉貞征:のち処刑 阿閉貞大:のち処刑 柴田勝定:のち自害【降伏または不明の者】
池田景雄 後藤高治 多賀常則 久徳宗重 小川裕忠 御牧景則 津田重久もはや戦さの趨勢は決していましたが、なおも突撃を下知する光秀に対して、比田帯刀(ひだ たてわき)が一時撤退を進言しました。
やむなく光秀は戦場を離脱し、開田太郎八(かいだ たろはち)や進士貞連(しんじ さだつら。作左衛門)らをともない勝竜寺城(京都府長岡京市)へと向かいます。
