『豊臣兄弟!』わずか2歳で秀吉を天下人にした信長の嫡孫!三法師(織田秀信)が歩んだ数奇な生涯 (4/10ページ)
清洲会議で三法師を擁する羽柴秀吉/『絵本太閤記』の挿絵(Wikipedia)
信長が生前すでに信忠に家督を譲っていたこと、そして三法師が織田家当主・信忠の嫡男だからこそ、家督相続において第一順位となるべき資格は、ほかの誰よりも優先されるということから、三法師こそ織田家の正統な後継者であると主張したのです。
ただこの時点で三法師はわずかに2歳、それゆえに宿老をはじめ信忠の弟である信雄、信孝を含めた合議制を敷くことを訴えました。
そうした秀吉の思惑が見事にはまり、会議は秀吉の意向どおりに進み、三法師が織田家の家督を継ぐことが決定します。家督相続を望んでいた信雄・信孝を後見役に据えることで、両者の不満を和らげようとしたのです。
清州会議後も続いた三法師争奪戦こうして三法師は、わずか三歳で織田家の家督を継ぎ、近江国中郡20万石を与えられました。