『豊臣兄弟!』わずか2歳で秀吉を天下人にした信長の嫡孫!三法師(織田秀信)が歩んだ数奇な生涯 (7/10ページ)
天下人となった豊臣秀吉。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
そして1585年(天正13年)、秀吉は朝廷から関白宣下を受け、翌年には豊臣姓を賜り、太政大臣に任ぜられます。
こうなると秀吉と織田家の地位は、もはや完全に逆転してしまうのです。
1590年(天正18年)、秀吉は関東に覇を唱えた北条氏政・氏直(西山潤)父子を征伐し、事実上の天下統一を成し遂げます。その所領替えをめぐる問題で信雄が改易されると、すでに元服して織田秀信と名乗っていた三法師が、改めて織田宗家の当主に据えられました。
とはいえ、秀吉が天下人として君臨する世では、秀信も豊臣政権下の一大名として生きるほかなかったのです。
秀吉から厚遇された織田家嫡流の血筋1592年(文禄元年)9月、関白豊臣秀次の弟・秀勝(柊木陽太)が出兵した朝鮮の地で戦没します。すると秀吉はその遺領である美濃国13万石と岐阜城を秀信に与えました。