なぜ皇室典範に「譲位」はなかったのか?上皇陛下の生前退位で浮かび上がった明治政府の思惑 (4/7ページ)
そのため、制定された『皇室典範』には「天皇崩ずるときは、皇嗣すなわち践祚し、祖宗の神器を承く」と記され、天皇が即位する条件は、前の天皇が崩御することであると明確に定められたのである。
譲位を認めなかった明治政府の真意とはこのような『皇室典範』の規定を読者の皆さんは、どのように感じられるだろうか。
邪(よこしま)な考えを持つ権臣からの介入を防ぐため?皇位の正統性を保持するため?など、一見すると天皇家の皇統の安定を願ってのもののように思われる。
しかし、その真意は全く別のところにあった。
それは伊藤をはじめとする明治新政府の首脳たちが、「天皇が自ら譲位の意思を示すこと」を極めて警戒していた点にある。言い換えれば、「天皇が自らの意思を明確に示す」という行為こそ、彼らが最も恐れたものであったのだ。