【豊臣兄弟!】「上様の気持ちがわかった」…明智光秀(要潤) が『本能寺の変』で犯した最大の誤算とは (7/10ページ)
実際は…
▪️自分の一存で決めることはできず、一族や重臣などと協議した末に、「秀吉につく」と決めた
▪️光秀について、長年かけて手に入れた(取り戻した)大和国を危険にさらすようなことはせずに守りたかった。
という説が強いようです。
武将でありながら歌人・古典学者として名高かく文武両道だった細川藤孝(のちの幽斎)は、いち早く「生き残るためには誰につくかを見極めた」武将。
武将であると同時に、教養人としての側面を持ち謡曲や茶湯を好んだ筒井順慶は、当初は親しい光秀に味方する動きをとったものの「迷い続けた」武将。
この二人の武将の判断が、光秀の敗北を招いたのでした。
光秀の与力でもあった筒井順慶(NHK「豊臣兄弟!」公式「X」より
光秀の味方になった二人の武将とはドラマで描かれている明智光秀像は、愛する公方様のために己を殺し信長に仕え、公方様に疑いの目が向かないように心を鬼にして比叡山で虐殺を行いました。
けれど、その結果公方様「お前はそんな人間だったのか!」と叱責されてしまいます。気持ちの行き場がなさすぎる。ひとりぼっちで座敷で打ち伏していた孤独な光秀の姿は忘れられません。
信長に仕えるも、「公方の犬」呼ばわりされ、脅され、時々暴力を振るわれつつ、我慢し続けた挙句、甥にはめられたうえに謀反を起こすようにそそのかされ。
公方様には「巻き込むな」と突き放され。
謀反後は親しいと思っていた人々には背中を向けられ。