【豊臣兄弟!】光秀が最後まで頼りにした武将・筒井順慶とは?「洞ヶ峠を決め込む」の由来になった波乱の生涯 (8/8ページ)

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そんな状況の中で慶長13年(1608)に家臣が、定次の悪政や鹿狩りでの怠慢を幕府に密告したことで改易処分を下され、国持大名としての筒井氏は滅亡してしまいました。

これは筒井騒動と呼ばれており、豊臣恩顧の定次が幕府につかずに日和見な態度をとっていたことが後々の懸念になると見なされ、改易に繋がったとも言われています。

参考

金松誠『筒井順慶』(シリーズ・実像に迫る019)2019年、戎光祥出版

日本博学倶楽部『戦国武将・あの人の「その後」―「関ヶ原」「本能寺」…事件が変えた男たちの運命』2002年、PHP研究所

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