【豊臣兄弟!】光秀が最後まで頼りにした武将・筒井順慶とは?「洞ヶ峠を決め込む」の由来になった波乱の生涯 (1/8ページ)

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【豊臣兄弟!】光秀が最後まで頼りにした武将・筒井順慶とは?「洞ヶ峠を決め込む」の由来になった波乱の生涯

豊臣兄弟!の『本物の平蜘蛛』の回において初登場した筒井順慶(つつい-じゅんけい)。彼は松永久秀と何度も戦った宿敵ともいえる武将であり、信貴山城の戦いでは最も活躍したといわれています。

また、ことわざ「洞ヶ峠を決め込む」の由来となった人物でもあります。

しかしながら、あまり知名度が高くなく、どのような人物か知らない方も多いのではないでしょうか。

今回は、順慶の生い立ちを振り返りながら、久秀との因縁やことわざの由来となった出来事を紹介します。

筒井順慶/Wikipediaより

2歳で家督を継承

順慶の父・筒井順昭/Wikipediaより

天文18年(1549)、順慶は筒井順昭の子として生まれます。筒井氏は大和国に勢力を持った大和四家の一角で、興福寺一乗院傘下の衆徒でした。

特に順慶の父である順昭の代で筒井氏の最盛期を築きますが、28歳の若さで病死。

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