『豊臣兄弟!』逃げずに26歳で散った織田信忠(小関裕太)…ドラマでは描かれなかった “幻の天下人” の最期 (3/11ページ)
思わず「えっ…」と声を漏らしてしまった息子に「なんだ不服か?」と尋ねる信長。無表情で怖い。
信長は、信忠に岐阜城当主の座、尾張・美濃を譲り、天下統一を見据えた“安土城”造りを始めたのでした。
信忠の両隣に座っていた三男・信孝(結木滉星)と従兄弟の信澄(緒方淳)に、祝いの言葉をかけられて、緊張の面持ちながらも、嫡男である誇らしさが滲み出るような表情を浮かべたのが印象的でした。
史実では、このとき天正3年(1575)11月28日。信忠は引治3年(1557)生まれなので、18歳でした。
信忠は幼少期に「奇妙な顔」をしていたために信長が「奇妙丸」と名付けたという逸話が有名です。
けれども、文字の意味を探ると『奇』という文字には優れている、『妙」』という文字にはきわめて美しい・善美の極みなどの意味もあります。
現代人がとらえる「奇妙」の意味ではなく、もしかしたら誕生した嫡男を見て、自分に面差しがそっくりと感じて「生まれたときから美しくて優れた息子」という、ちょっと親バカな意味で付けたのかも……と想像してしまいました。
というのも、残された肖像画を見ると、面長の輪郭に切長の目が父子だけあってよく似ているのです。
ただ、信忠(左)のほうがちょっとふっくらとして目元も柔和な雰囲気。
これを見る限り、「奇妙な顔」ではなく「優れた息子」説のほうが当たっているような気がします。信忠は、幼い頃から家督継承者として特別扱いをしながら大切に育てられたそうです。