『豊臣兄弟!』逃げずに26歳で散った織田信忠(小関裕太)…ドラマでは描かれなかった “幻の天下人” の最期 (8/11ページ)

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左:織田信長の本能寺の件。右:逃げずに最後まで果敢に戦った織田信忠。 (NHK「豊臣兄弟!」公式サイト、公式「X」より)

信長・信忠への忠義を尽くした家臣たち

また、『信長公記』には、信長・信忠への忠義を尽くした家臣の逸話もあります。

たとえば、光秀の片腕・斎藤利三と親しかった松野平助は、明智側につくことを勧められるも、「信長に身に余るほどの知行を得たのに、報いる働きができなかった」とし、自害。

代々、織田家に支えていた土方次郎兵衛も、本能寺の変には間に合わなかったために、武具や衣装などをすべて下人たちに形見として与えてから追腹しました。

山岡美作、山岡対馬兄弟は、明智に味方せよと迫られるものの「信長に受けた御恩は浅くない。でできない」と、勢田の橋を焼き落とし明智軍の進路を妨害。自分たちの居城にも火をかけて、山中へ退きました。

……などと記されています。

また、最後まで二条御所で信忠と戦って討死した家臣には、猪子兵助(高就)菅屋長頼福富秀勝など、信忠に忠義を尽くし戦った人々もいました。

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