朝ドラ『風、薫る』中村倫也演じる柳生藤次のモデルは誰?明治時代「衛生」に携わった伝説の医系技官の史実 (6/8ページ)
その後、明治28年(1895)には日清戦争の帰還兵への検疫業務を行う臨時陸軍検疫部事務官長として復帰し、見事な手腕を発揮。
「衛生行政のプロ」として上司だった児玉源太の目に止まります。
その後、児玉が日本が統治していた台湾総督府の総督となると補佐役に抜擢。その手腕は高く評価されて、内務大臣・東京市長・外務大臣などの重要な役職を歴任しました。
1928年の関東大震災では再度内務大臣となり、甚大な被害を受けて壊滅状態となった東京復興のに尽力したそうです。
内務省衛生の報告書に記されている注意すべき伝染病の原因
明治12年(1879)にコレラが大流行した際、内務省衛生局は『虎列剌病(これらびょう)流行紀事』という報告書をまとめました。
また、コレラの予防や鎮静化を目的とした『虎列剌予防の諭解』も刊行しています。
その中で、「虎列刺その他の伝染病の心得」として以下を挙げています。
伝染病の原因の四項目として、
(甲) 空気
(乙) 飲水
(丙) 飲食物
(丁) 他人との交通
と、書いてあり、それぞれの対策が詳しく書いてあります。