【豊臣兄弟!】秀吉vs勝家「賤ヶ岳の戦い」お市を自刃に追い込んだ1年におよぶ調略合戦の全貌 (2/7ページ)
清須会議の後、織田信孝(結木滉星)は幼い織田家当主・三法師(清水伊織)を抱え込んで放さないため、秀吉はこれを「謀叛」と喧伝しました。
秀吉は丹羽長秀(池田鉄洋)や池田恒興(堀井新太)らと共に、織田信雄(山脇辰哉)を新たな織田家当主として担ぎ上げます。
かくして三法師&織田信孝&柴田勝家と織田信雄&羽柴秀吉という対立構造が形成されました。
両陣営は盛んに調略を行い、秀吉は越後の上杉景勝や、美濃の稲葉良通(嶋尾康史)らを味方に引き入れます。
一方の勝家らは土佐の長宗我部元親(磯部寛之)や紀伊の雑賀衆(さいかしゅう)らを味方に引き入れ、互いの背後を脅かし合いました。
天正10年(1582年)偽りの和睦
越前の雪は深い。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。
そんな中、11月に入ると勝家から和睦の申し入れが行われます。
これは雪国である越前に所領を持っている勝家が、冬の間は積雪のため動けないことから、春まで時間を稼ぐための工作でした。
勝家の意図を見抜いた秀吉は交渉に応じるふりをしながら、一方で中川清秀(すがおゆうじ)・筒井順慶(永沼伊久也)・三好康長(妹尾 正文)らを調略して味方に引き入れます。