朝ドラ『風、薫る』りんの「手」が佳枝(相田翔子)の心を解く…史実に残る“最善を尽くす”派出看護婦の心得とは (8/8ページ)

Japaaan

大関和 著『派出看護婦心得』,看護婦会,大正8. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/935171 (参照 2026-08-19)

戦争によって変化していく「看護婦」への評価

鈴木雅が「慈善看護婦会」を設立した明治24年頃も、まだトレインドナースの存在や「看護」という認識は不足していました。

けれども、日清戦争(※)をきっかけに、はじめて日赤の看護婦が陸海軍の病院に招集されて活躍をしたことが世間に知られ、看護婦に対する認識はガラッと変わっていったといわれています。

※日清戦争:明治27年(1894)7月25日〜明治28年(1895)4月17日にかけて、日本と清国の間で勃発した戦争

ドラマでは、りんとシマケン(佐野晶哉)の距離が近づいたり(また離れ離れになりそうではありますが)、「恵風看護婦会」も順調に経営ができたり、直美が小川吾郎(甲斐翔真)と結婚したり、しのぶ(木越明)がおめでただったりと、日常でさまざまなことが起こっています。

「恵風看護婦会」を立ち上げてから1年以上は経過しているので、今は明治25〜6年くらいのことでしょうか。日清戦争まではすでにあと1年ほどです。

それぞれの日常生活が激変していくのでしょうか。暗雲が待ち受けるようで胸騒ぎがしますが、この先を見守りたいと思います。

参考:
・慈恵大学「東京慈恵医科大学130年 歴史」
・環境再生保全機構 大関和に学ぶ看護師誕生の歴史
・大関和 著『派出看護婦心得』
・大関和 著『実地看護法』

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

「朝ドラ『風、薫る』りんの「手」が佳枝(相田翔子)の心を解く…史実に残る“最善を尽くす”派出看護婦の心得とは」のページです。デイリーニュースオンラインは、風、薫る看護明治時代朝ドラ看護師カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る