【豊臣兄弟!】前田利家がまさかの撤退!「賤ヶ岳の戦い」裏で妻・まつはどう動いたのか? (3/9ページ)
ドラマでは、赤ん坊の豪を羽柴一家が覗き込み「又左の娘とは信じがたい」と笑っている幸せそうな場面が流れましたが、史実でも秀吉は豪姫を溺愛していたと伝わります。
このことで利家と秀吉の間の信頼関係は深まりました。
ドラマでは一緒にお茶の時間を過ごしているのに、まつはバチバチに寧々(浜辺美波)を煽りつつ、「うちの殿自慢」をしてマウントを取っていた姿が印象的でした。
けれども、実際は、寧々とまつは親密な関係を築いていたと伝わます。
長年、親しい関係を築いてきた友人夫婦だったのに……。
羽柴 VS 柴田の戦いにより、実の娘の豪姫が実父と養父の間で板挟み状態になってしまう心配や、寧々との友情関係にヒビが入りかねない状況や、前田家の将来に立ち込める暗雲の気配への不安。
まつとしては、黙って何もせず、ただただ胸を痛めているわけにもいかなかったでしょう。
「うちの殿のほうが優れている自慢」をやり合うまつと寧々。その間で妊娠中なので二人の団子まで平らげてしまう秀吉の姉・とも。(NHK「豊臣兄弟!」公式サイトより)
なぜ…夫・利家は戦いから撤退したのか「清洲会議」により決定的に対立した羽柴秀吉と柴田勝家。
天正11年(1583)、滋賀県長浜市の賤ヶ岳付近で柴田軍 VS 秀吉軍の『賤ヶ岳の戦い』が勃発しました。