【豊臣兄弟!】前田利家がまさかの撤退!「賤ヶ岳の戦い」裏で妻・まつはどう動いたのか? (2/9ページ)
史実では、賤ヶ岳の戦いは天正11年(1583)なので、この頃まつは36歳くらい。永禄2年(1559)11歳で長女を出産、天正8年までに2男9女を出産しているので、すでに11歳の子の母となっていました。
まつは、勝家への忠義か秀吉への友情か、板挟みになって悩む利家のそばで見守りつつ、案じたのは夫の心配だけではなく、子や前田家の行く末だったようです。
前田家を支え、豊臣政権の重要な地位に導いたという賢夫人の誉高いまつ。
この賤ヶ岳の戦いではどのような動きをしたのでしょうか。
若い頃の負けん気の強いまつ。(NHK大河「豊臣兄弟!」公式サイトより)
前田家の将来を懸念したまつ「豊臣兄弟!」で、まつが初登場したのは第5話『嘘から出た実』でした。
織田信長(小栗旬)による武芸を競う御膳大試合で、利家にコテンパンに叩きのめされる藤吉郎(秀吉)を見て、大声で「さすが殿!」と利家を応援する、勝気な少女というイメージでした。
この頃は、12〜13歳ほどと推測されるので、利家と結婚したばかりの頃でしょうか。
『川角太閤記』(江戸時代初期に書かれたとされる秀吉に関する逸話をまとめたもの)によると、前田家と羽柴家との仲を深めるため、利家は子のいない秀吉夫妻に数えで2歳の四女・豪姫を養女としてだしました。