【豊臣兄弟!】前田利家がまさかの撤退!「賤ヶ岳の戦い」裏で妻・まつはどう動いたのか? (4/9ページ)

Japaaan

琵琶湖北岸で睨み合いのこう着状態から、一時は柴田軍が有利になったものの、秀吉が驚異的な猛スピードで現場に駆けつける『美濃大返し』で一気に形勢不利な状態になります。

それとともに、打撃を与えたのが利家の撤退でした。

利家、なぜ?……に関して明確な理由を記した一次史料はないそうです。『賤岳合戦記』など軍記物でも、利家の布陣や行動などの記述はあるものの「なぜ退いたのか」という動機までは書かれていません。

状況証拠や後年の研究などによる代表的な説を要約して挙げると……

▪️勝家の命令で利家が秀吉のもとに講和交渉に出向いたとき、実は密約を交わしていた。その褒美として、戦後に勝家は加賀2郡を加増された。

▪️若いころから仲がよく、妻同士も交流があり、実子の豪姫を秀吉に養女に出しているという深い関係が断ち切れず秀吉を選んだ。

▪️冷静に誰が「天下人になれる器か」と考えると勝家ではなく、要領よく物事を動かす秀吉だろうと判断した。

▪️利家は勝家の「与力」なので主従関係ではなかった。戦況をみて柴田軍が劣勢になった時点で、勝家に殉じて前田家を滅ぼすよりも、存続を考えて撤退した。

最後は、現在最も有力視されている傾向にあるそうです。

信長の葬儀の席で見せた秀吉の「我こそが天下人」パフォーマンスを見て思案顔の利家。

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