【豊臣兄弟!】前田利家がまさかの撤退!「賤ヶ岳の戦い」裏で妻・まつはどう動いたのか? (9/9ページ)
」
この、「御内証よりも、御母儀様仰せられ候へば」という短い文に注目です。
利家が長男・利長の家臣団を整える際に、「御母儀様(まつ)」の意見も考慮されていたことが読み取れます。
まつが利長の将来や身辺について、少なくとも利家家中で一定の発言力を持っていた可能性が見えてくるような感じです。
ただ夫の身を案じるのだけではなく、嫡男・利長の将来を考えて、思ったことをはっきりと発言する母だったのかもしれません。
最後に……
これらの逸話から、まつは「夫を堂々と意見する強いしっかりものの妻」というイメージが、ドラマなどで強くなっていったそうです。
史実として確かなのは、戦国時代、まつが7人もの子を産み育てて前田家の存在に大きく寄与したこと。
のちに、豊臣政権の外交を支えていく立役者となる利家は、かっとなって猪突猛進するイメージもありますが、ときの権力者が交代する際にはすぐに対応して上手に世を渡っていく機知も持ち合わせていたともいわれます。
そんな夫をあるときは叱咤激励しつつ、しっかり発言していくまつが、今後どんな女性に描かれ活躍していくのか楽しみです。
参考:
・金沢文芸館HP 第2回伝承文芸講座 加賀百万石の礎を築いた芳春院まつの物語です
講師:藤島 秀隆(金沢工業大学名誉教授)
・利家夜話
日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan