【風、薫る】「私はファイターだって」大山捨松、暴言軍人を一喝!看護婦の名誉を守った史実と名場面 (2/7ページ)

Japaaan

看護婦の名誉を守るため「ファイター」であることを思い出した大山捨松。(NHK「風、薫る」公式「X」より)

『日本赤十字社名誉社員章』を贈られた小松宮妃

ぱっつん前髪から、ウェーブ前髪で高い位置のシニヨンにと、ヘアスタイルも代わった捨松。

パーマ?天然?とネットでも話題になっていますが、日本にパーマが入って来たのは大正12年(1983)だそうです。

そして、洋装の捨松とともに、広島の陸軍病院に共に慰問した高貴な女性が「誰?」と話題になりました。

オフホワイトの花飾りが着いた貴婦人が被る帽子・カメオのブローチ・ドレス姿で、負傷した兵に声をかけていた女性は、ドラマの「風、薫る」のオープニングクレジットによると「小松宮妃」(魏涼子)とのことでした。

実在の人物で、小松宮彰仁親王の妃・彰仁親王妃頼子(あきひとしんのうひよりこ)と推測されています。

頼子妃は、嘉永5(1852)6月18日旧久留米藩主・有馬頼咸の長女で、幼名は満喜といいます。1869年(明治2年)に結婚して、彰仁親王妃となりました。

頼子妃は、明治23年(1890)5月には『日本赤十字社名誉社員章』という「赤十字社の事業に功労ある者」を贈られています。

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