『風、薫る』の舞台にいたもう一人のヒロイン――幕末のジャンヌ・ダルク、新島八重がみせた銃から看護への転身 (3/8ページ)

Japaaan

このとき会津藩では、男勝りで美貌の女丈夫・中野竹子らが自発的に組織した防衛隊「婦女隊」が誕生します。

けれども、八重は刀や薙刀で戦う「婦女隊」には参加せず、会津城籠城戦では断髪・男装して家芸であった砲術をもって参加したそうです。

八重が持った銃といえば高価で最新式『スペンサー銃』が有名ですが、これは、兄からの贈り物だったとか。

八重は籠城戦において、そのスペンサー銃よりも、ゲベール銃を使う機会の方が多かった。というのも、スペンサー銃は最新式ゆえに弾丸の製造ができず、スペンサー銃の弾が切れてからは、主にゲベール銃と大砲でもって、新政府軍と対峙せざるをえなかったからだ。ゲベール銃は球形弾丸であり、新しく製造が可能だった。(會津物語「時代を紐解くー八重えにしの資料館」)

実際は、ゲベール銃を使う機会の方が多かったようですね。

ちなみに、敗戦度、八重は捕虜となった夫と生き別れたそうです。

洋装する新島八重(1845~1932年)wiki

夫・新島襄が亡くなったあと日本赤十字社の正社員に

八重は明治4年(1871)、兄・覚馬を頼って京都へ行きました。

そして、教育者でクリスチャンの新島襄と出会い、明治9年(1876 )に再婚。

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