『風、薫る』の舞台にいたもう一人のヒロイン――幕末のジャンヌ・ダルク、新島八重がみせた銃から看護への転身 (6/8ページ)
「風、薫る」のドラマ内で、大山捨松が軍人たちに言った「昼夜の別なく患者のために手を動かし、額に汗する看護婦の名誉も尊重してください」の言葉が思い出されます。
八重は、疲弊する看護婦たちを励ましつつ思いやり、ときには彼女たちの看護を邪魔する不届者は叱り飛ばし精力的に活躍したのかな……など、ふと日赤看護婦のユニフォームに身を包み、忙しそうに動き回る姿が目に浮かんだのでした。
1952年(昭和27年)発行 日本赤十字社創立75年記念切手 描かれているのは当時の女性看護士。wiki
看護婦の功績で女性限定の宝冠章を2回授与篤志看護婦としての新島八重の活躍は、看護婦の地位の向上にもつながりました。
明治29年(1896)には活躍ぶりが評価され、対象を女性に限定した勲七等宝冠章を授与しています。
その後、八重は篤志看護婦人会の看護学修業証を得て看護学校の助教を務めました。
さらに、明治37年(1904)日露戦争時には、大阪の陸軍予備病院で2か月間篤志看護婦として従軍し、その功績によって勲六等宝冠章が授与されています。