『風、薫る』の舞台にいたもう一人のヒロイン――幕末のジャンヌ・ダルク、新島八重がみせた銃から看護への転身 (8/8ページ)
家庭でも“看護”は欠かせないと知っていた八重
「何卒看護の片端なりと心得居られたし」という八重の願いは、120年以上経た今でも実感します。
コロナ感染拡大期、メディアや病院なども「家庭内感染を防ぐ方法」をさかんに報じていました。
病人や怪我人にとって“看護”は欠かせないもの。プロには到底及ばないものの、ある程度の基礎知識を持っていれば自分の“手”で家族を癒すこともできます。
その重要性を、八重は自身の体験から身を持って知っていたのでしょう。
戦時は故郷を守るため「幕末のジャンヌ・ダルク」として戦い、時代が移り明治になると、銃を持つ手を“看護の手”に変えた新島八重。
「日本のナイチンゲール」と呼ばれようになった……というのが納得できる、激動の人生を送った女性でした。
参考:
・會津物語「八重の物語」
・同志社女子大学「篤志看護婦としての八重」「八重の看護団」
吉海 直人(日本語日本文学科 教授
・ご存じでした?日本赤十字と新島八重の深い関わり(赤十字ヒストリー)
・日赤初のボランティア組織【篤志看護婦人会発起人名簿】
・新島八重〜スペンサー銃からバイブルへ八十七年の軌跡 笹川壽夫(著)
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