『風、薫る』の舞台にいたもう一人のヒロイン――幕末のジャンヌ・ダルク、新島八重がみせた銃から看護への転身 (7/8ページ)
(下写真、明治29年12月25日の項目の右から二番目『新島やゑ』の名前が)
八重が、記者に述べたとされる自分の看護体験の中に以下のようなものがあります。
他日人の妻母たらんとする女学生諸子は、何卒看護の片端なりと心得居られたし。
(栗屋七郎「日本の黄鶯嬢―広島に於ける看護婦―」同志社女子大学「篤志看護婦としての八重」)
現代語に意訳すれば、これから将来、人の妻や母親になる女学生の皆さんには、どうか看護の基礎だけでも身につけてほしいと思います。
という感じでしょうか。
この言葉は、「風、薫る」のドラマの中で、看護婦養成所に入学した生徒たちが最初に学んだナイチンゲールの『看護覚書』(Notes on Nursing)を思い出しました。
1859年の初版は、専門職である看護婦向けではなく、家族が病人になったときに看護を行う母や妻などの女性向けに書かれたものだったそうです。