【豊臣兄弟!】徳川四天王、猛将・本多忠勝(夏生大湖)が“最期に残した言葉”と家康を救った3つの危機 (2/8ページ)

Japaaan

『豊臣兄弟!』圧倒的オーラで登場「徳川四天王」最強4人の武功と史実エピソードを一挙紹介

みな武勇に優れた武将たちですが、なかでも本多忠勝は、その代表的な人物と言えるでしょう。

徳川四天王(NHK「豊臣兄弟!」公式サイトより)

忠勝は1548年(天文17年)、安祥譜代七家の一つである本多忠高の長男として岡崎で生まれ、幼名を鍋之助と言いました。しかし、わずか2歳のときに父・忠高が討死すると、叔父の本多忠真に育てられます。

鍋之助は幼いころから家康に仕え、13歳で元服すると初陣を飾りました。その後、家康の三河平定戦などに従軍し、19歳で家康直属の軍ともいうべき旗本先手役に抜擢されます。

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