『豊臣兄弟!』「夢のまた夢」あの辞世の句を生んだ秀吉の感性|師・細川幽斎と紡いだ亡き子への想い (3/8ページ)

Japaaan

幽斎が籠城した丹後田辺城(Wikipedia)

実は幽斎には武将としての顔以外にも、「古今伝授の伝承者」という文化的な顔がありました。

古今伝授とは、『古今和歌集』の解釈や歌学の奥義を師から受け継ぎ、次代へと伝えるものです。

室町時代中期に美濃篠脇城主・東常縁(とうのつねより)から連歌師の宗祇へ伝えられ、その後、三条西実枝(さんじょうにしさねえ)から幽斎へと受け継がれていました。

田辺城を攻める西軍諸将のなかには、幽斎の歌道の門人も多く、古今伝授の重要な伝承者である幽斎を攻めることがためらわれたともいわれます。そのため、攻城は消極的なものとなり、それが長期戦の一因になったと考えられています。

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