【ブラッサム】珠の同級生・角田忍が憧れた「平塚らいちょう」とは?『青鞜』が女学生の心を揺さぶった理由 (7/9ページ)
婦人運動活動家で政治家の市川房枝や奥むめおらと力を合わせ、婦人参政権の獲得や母性保護(妊娠、出産など特有の母体機能を持つ女性を労働の場で特別に保護する)を求めました。
この運動は、治安警察法の一部改正を実現し、女性が政治集会に参加できるようになる・女性が弁護士になることを可能とするほか“戦前の女性運動として画期的な成果を残した”といわれています。
そして、昭和21年(1946)60歳で、日本国憲法の戦争放棄や平和精神に共鳴。
市川房枝とともに再軍備反対婦人委員会を結成し委員長となったり、湯川秀樹らとともに世界平和アピール七人委員会のメンバーとなったりほか、1971年に85歳で亡くなるまで女性の権利と平和を訴える活動を続けました。
昭和30年(1955)平塚らいちょう wiki public domain
らいちょうが女性たちを惹きつけたわけ大正初期の高等女学校では、ドラマ「ブラッサム」に描かれたように、「他日中人以上の家に嫁し、賢母良妻たらしむる」ための教育が主流でした。
さらに、ヒロインの珠や忍の家のように、父親の権威が絶対的で、“女性の人生は結婚と家庭に限定されるのが当然”という社会でもありました。