【豊臣兄弟!】3歳で散った儚い命…茶々(井上和)と秀吉の“初めての子” 鶴松、溺愛の果てに訪れた絶望 (1/7ページ)

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【豊臣兄弟!】3歳で散った儚い命…茶々(井上和)と秀吉の“初めての子” 鶴松、溺愛の果てに訪れた絶望

小谷城で父(浅井長政)を討ち、北之庄城で母(お市)を奪った羽柴秀吉(豊臣秀吉/池松壮亮)に養われていた茶々(井上和)は、やがて秀吉の側室となりました。

そして天正17年(1589年)に秀吉の嫡男を生むことになります。果たしてこの子はどんな生涯をたどるのでしょうか。

今回は茶々と秀吉の間に生まれた豊臣鶴松(とよとみ つるまつ)を紹介。大河ドラマ「豊臣兄弟!」を楽しむ参考になれば嬉しいです。

茶々が秀吉の側室になった目的や、寧々(浜辺美波)と茶々の関係性など、以下の記事で史実をもとに考察していますので、ぜひ合わせて読んでみてください!

【豊臣兄弟!】なぜ茶々は「親の仇」秀吉の側室になった?史実では寧々との対立も創作、実は共闘していた

待望の嫡男誕生に大盛り上がり

淀君(画像:Wikipedia)

豊臣鶴松は天正17年(1589年)5月27日に山城国淀城(よどじょう。京都市伏見区)で誕生しました。

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