『豊臣兄弟!』妹を強制離縁、実母すら人質に…秀吉はなぜそこまで“非情”になって家康に執着したのか (5/10ページ)
天正大地震により家康との和睦を決意する秀吉(NHK「豊臣兄弟!」公式サイトより)
大まかな計算になりますが、この当時の秀吉の推定石高は約400万〜500万石以上、家康は150万石程度で、最大動員兵力は秀吉が15万~20万に対し、家康は4万5千人ほどといわれています。
しかも、秀吉は関白に就任し、朝廷の権威を背景に天下統一を進める存在でした。それに対し、家康は三河・遠江・駿河・甲斐・信濃の5カ国を支配しているとはいえ一介の大名にすぎません。
仮に秀吉が本格的な討伐に乗り出せば、家康は厳しい立場に追い込まれたでしょう。とくに、家康が新たに領国へ組み入れた甲斐・信濃では、国衆たちの動向にも注意を払わなければなりません。戦況が不利になれば、彼らが離反する可能性も考えられたからです。