『豊臣兄弟!』妹を強制離縁、実母すら人質に…秀吉はなぜそこまで“非情”になって家康に執着したのか (6/10ページ)

Japaaan

秀吉に敵意をむき出しにする家康と北条氏政(NHK「豊臣兄弟!」公式サイトより)

もちろん、家康には同盟関係にあった北条氏の存在がありました。約7万の兵力を有する北条氏政(谷原章介)の援軍を期待することもできたでしょう。

しかし、秀吉が多数の大名を動員して徳川領を包囲するような戦略を採れば、徳川・北条連合軍だけで対抗するのは容易ではなかったはずです。

つまり、秀吉が時間をかけて徳川包囲網を築き、軍事力だけでなく外交や謀略も駆使して家康を追い詰めていけば、徳川家が滅亡の危機に陥る可能性があったのです。

ところが、秀吉は武力による決着ではなく、和睦を選びました。この秀吉の判断は、家康にとっては、まさに命拾いだったといっても過言ではありません。

そして、このとき秀吉が選んだ道は、のちの豊臣家の運命を考えるうえでも、見逃せない分岐点だったのです。

妹・あさひの輿入れ

秀吉が家康との武力衝突を避けた背景には、天正大地震による被害も影響していたと考えられます。ただし、それだけが和睦を選んだ理由だったと断定することはできません。

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