『豊臣兄弟!』秀吉(池松壮亮)の大坂城は地下7mに眠っている!徳川が封印した“漆黒の巨城”の真の姿 (3/10ページ)

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大阪城復興天守(Wikipedia)

大坂城の現在の天守は、1931年(昭和6年)に復興した建築物。徳川時代の天守台のうえに、豊臣時代の天守をイメージして造られたとされますが、秀吉が築いた天守とは印象が大きく異なります。

皆さんは、『豊臣兄弟!』第41話「家康の野望」のラストシーン、秀吉と秀長が天守の最上階から空を見上げ、語り合う場面を覚えていますでしょうか。

【豊臣兄弟!41回】秀長との対面・陣羽織・数正との再会…史実での真相は?家康の野望を紐解く

そこには、黒色の外観の天守が描かれていました。そうです、本来の大坂城天守は、『大坂冬の陣図屏風模本』や『大坂夏の陣図屏風』などの絵画史料からわかるように、黒漆塗りの下見板張り(したみいたばり)であったのです。

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