【三沢光晴をめぐる証言vol.1】小橋健太インタビュー (2/8ページ)
そのあとのチャンピオンカーニバルで、初めて三沢さんに勝ったとき、30分1本勝負でやっても、1月の三冠戦を超えたいと思ったんですよ。
──当時の三冠戦といえば本当に特別な試合で。リーグ戦内の1試合とは重みが違う感じがしましたけど、それでも「三沢VS小橋」をやるからには、前の試合を超えたい、と。
小橋 リーグ戦内の1試合とか、そういうのは関係なかったですね。だから、「三沢小橋戦」というブランドを作るとか、そんな思いはなかったんですけど。毎試合毎試合「前回を超えたい」という思いでやってきたことが、ブランドになったんじゃないかと思うんです。
──四天王プロレスでいうと、小橋さんは川田さんとも、大阪府立で伝説になってる60分フルタイムの名勝負(95年1月19日)とかありますけど、三沢さんの試合とはやはり違いがありますか?
小橋 もちろん三沢さんは三沢さんですし、川田さんは川田さんで、田上さんは田上さんで素晴らしい個性がありますから、それは三沢さんとは違った厳しさ、激しさっていうのがありました。とくに川田さんっていうのは三沢さんの一つ歳下の後輩で、三沢さんに対する劣等感みたいな思いがあったと思うんですね。それと同時に、トップに立ちたいという思いも強かった。で、僕なんかはずいぶん後輩じゃないですか、だからとくに僕に対しては激しいライバル心を持っていたような気がするんですよ。
──ああ、なるほど! 同じようにトップを狙うライバルとして、後輩である小橋さんは絶対に叩いておかなきゃいけないってことで、厳しくきたわけですね。
小橋 そうなると、僕は叩かれてへこまされるわけにはいかないから、逆にどんどん攻めていって。また三沢さんとは違った意地の張り合い、闘いになりましたね。
──それこそ「きれいじゃない」闘いというか。三沢さんは同じ土俵で極限まで切磋琢磨する試合で。川田さんは、「俺は先輩だぞ」って感じで潰しにきて、小橋さんは潰されないためにガンガンいって、どちらも負けられない意地の張り合いになるという。意味合いの違う激しさがあったわけですね。
小橋 また田上明は僕の同期でしたから、彼とも絶対に負けたくないっていう意地の張り合いがありましたね。