【三沢光晴をめぐる証言vol.1】小橋健太インタビュー (6/8ページ)

日刊大衆



小橋 これは引退を決めたときからずっと言ってますけど、後悔はまったくないです。ああいう試合をやってきたから、ヒザもボロボロになって、ヒジも動かなくなって、腎臓がんにもなってと言われることもあるんですけど。何のバックボーンもない状態でプロレスに入った自分が、プロレスラーとして上がっていくためには、一生懸命やっていくしかなかった。一生懸命やったら何かがみつかる。でも、一生懸命やらなかったら、何もみつからない。一生懸命やった結果がいまの自分なんだから、後悔することは何もないです。じゃなかったら、引退するとき、ファンのみんなに胸を張って「ありがとう!」と言えなかったと思うんですよ。自分が一生懸命、全力を尽くしてやったから、「25年間ありがとうございました」と言えたんです。

──ファンにも恥ずかしくないし、自分自身に対しても恥ずかしくないという。

小橋 僕はガンになって、「もうプロレスができないんだ、死んでしまうんだ」って思ったとき、三冠チャンピオンになったときのこととか、自分のリング上の姿が走馬灯のように見えたんですよ。僕はチャンピオンベルトも巻けましたし、ベストバウトやMVPなどプロレス大賞もたくさんもらいました。でも、ガンになったとき、自分がプロレスラーになって何が一番うれしかったかをあらためて考えたら、ファンのみんなの声援だったんですよ。あの大きな小橋コール。どんなときでも応援してくれた、あの声援。俺はもうプロレスができないかもしれない、死んでしまうかもしれない。でも、あれだけ応援してもらえたんだから、いいじゃないかって。そう思うことができましたね。

──三沢さんなんかも、各地で待っていてくれるファンのために、ボロボロの身体でもリングに上がり続けたわけですもんね。

小橋 だから、ファンの声援っていうのは、もの凄くレスラーの力になるんですよ。それは無理を強いられてるんじゃないですよ。自分としては100%を見せたいけど、コンディション的にどうしても50%しか出せない。でも、ファンの声援があると、70%まで出せたりするんです。でも、自分が100%出そうとしなければ、いくらファンの声援があっても50%も出せないと思う。でも自分が100%出そうとして、ファンの声援があれば、70%までいけるんです。
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