【三沢光晴をめぐる証言vol.1】小橋健太インタビュー (3/8ページ)
──それぞれに少しずつ性質の違う"負けたくない"という思いがあるというか。だからこそ、極限の試合になっていって。小橋さんは三沢さんとの試合前、お母さんに「もし、俺に何かあっても三沢さんをうらまないでくれ」と言ったことがあるらしいですね?
小橋 電話で言いましたね。それが97年1月の大阪での試合前ですよ。それぐらいの覚悟、思いで挑んだ試合でしたね。
──どうしてそこまで?
小橋 僕はあの試合の前に、初めて三冠チャンピオンになっていたんですけど、「エースは三沢」って言われてたんですよ。それで僕は「チャンピオンになっても、まだエースにはなれないのか」っていう葛藤があって。会社的にも、チャンピオンは僕なのに、ポスターは三沢さんのほうがずっと大きく出てるんですよ(笑)。
──そういう現実があった、と。
小橋 それで、なんとか自分がチャンピオンなんだって認めさせたい思いがあって。また、それを認めさせるには、生半可な覚悟じゃ通じないだろうという思いがあったから、それが「もし俺に何かあっても……」っていう言葉につながったんだと思います。
──それ以降、三沢さんとやるときは、常にそういう覚悟を持っていたんですか?
小橋 持ってましたね。もちろん、三沢さんとの試合だけじゃなくて。常々、覚悟を決めて試合に挑んでましたね。そうじゃなきゃ、ウィリアムスのバックドロップなんて、それこそ事故が起こってしまいますよ。
──豊橋でのウィリアムス戦は、いまだに強烈に印象に残ってますよ。いまでも半年に1回は見返して、そのたびに「すげーっ!」って言ってます(笑)。でも、そういう命を削るような試合がエスカレートしていく中で、たとえば馬場さんとか先輩レスラーから、「おまえら、行き過ぎじゃないのか」みたいに言われたことはありませんでしたか?
小橋 行き過ぎとか、やりすぎと言われたことはないですね。確かに危ないですし、選手寿命を縮めるような試合だったと思いますけど。プロレスラーとして命を張ってリングに上がるわけだから、生半可な試合はしたくないんですよ。リングには、覚悟を決めて上がらないと。だから、僕が三沢さんから学んだ一番のことは「覚悟」ですね。