【三沢光晴をめぐる証言vol.1】小橋健太インタビュー (7/8ページ)

日刊大衆

自分はそういう経験が何度もありますよ。だから、三沢さんもファンのみんなの声援が絶対に力になっていたと思うし、三沢さんを代弁することはできないけど、僕と同じように感謝の気持ちでいっぱいだと思うんです。

──三沢さんが試合中の事故で亡くなったとき、「ファンが過激な試合を求めすぎた結果だ」なんて一部で言われることもありましたけど、そうではない、と。

小橋 ファンが求めすぎたとか、そんなことはないんですよ。ファンのみんなが一緒に闘ってくれたんです。そして俺たちはファンのみんなが期待しているものより上にいきたかったんです。三沢さんも絶対にそうだったと思う。レスラーとして、ファンのみんなは同志ですよ。大切な仲間です。ファンのみんなが、試合を観て熱く語って盛り上がってくれる、それこそがレスラーとしての欲求だし。ファンの欲求を自分たちが超えられなければそれまでだったけど、俺たちはそれを超えたかったんです。

──いまになって、四天王プロレスの頭から落とすような過激な闘いはプロレスとしては間違った道にいっていたんだみたいに言われることもあるじゃないですか。フィニッシュ一発で終わらなきゃいけないんだ、みたいな。その点についてはどうですか?

小橋 プロレスはこうなんだ、という定義はないと思うんですよ。自分が目指すプロレスがああいう闘いだったというだけで、いまの若いレスラーに、俺みたいな試合をしろと言う気はない。でも、三沢小橋のような、ああいうプロレスが存在したことは事実だし。対戦相手とファンと一緒になって燃えた時代があったということは否定できないと思います。自分の試合を否定するということは、三沢さんがやってきたことを否定することにもつながると思うんで。いろんな意見は確かにありますけど、僕は自分のプロレスを全うできたと、胸を張って言えますよ。胸を張って言えるというのが、答えだと思います。もちろん、三沢さんだって「俺は精一杯やってきた」と、胸を張って言ってくれると思いますし、自分のプロレスに後悔はない、僕はそう思いますね。

小橋建太(KENTA KOBASHI)
1987年6月、全日本プロレスに入門。2000年6月にノア移籍後は「絶対王者」としてプロレス界の頂点に君臨。

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