【三沢光晴をめぐる証言vol.4】天龍源一郎インタビュー (1/6ページ)

日刊大衆

【三沢光晴をめぐる証言vol.4】天龍源一郎インタビュー

2代目タイガーマスク、全日本プロレス社長、プロレス四天王としての活躍、そしてプロレスリング・ノア旗揚げ。「天才」という名を欲しいままにしつつ、2009年6月13日におきた「リング上での死」という形で、ファンに衝撃を与えたままこの世を去った三沢光晴。
先日発売された「俺たちのプロレスvol.2(双葉社スーパームック)」では、彼と関係のあった10人のレスラーの証言を集め、プロレスラーとして、また男として、三沢がどんな人間だったのかに迫った。今回は、特別にその中から一部を抜粋して紹介したい。

「ホントに三沢とはよく遊んだなあ……。ベタベタじゃないけど、気心が知れているというか、心を許せる奴だったね」

──三沢さんは天龍さんが全日本プロレスを去ったあとにマスクを脱いで超世代になり、四天王になって平成の全日本を支え、隆盛に導きました。天龍さんはそれを外からどういう気持ちで観ていたんですか?

天龍 三沢がマスクを取って「これからは三沢光晴でやる!」って言った時にね、プロレス的だなと思ったし、俺が同じ立場だったら、同じことをしたと思うよ。ただ、マスクを取った後の闘いは俺の想定外だったね。ただし、俺たちがやってきたことを見ていたから、あれだけデコレーションを付けて昇華させていけたと思うんだよ。その自負はありますよ。俺たちがやってきた土台があったからという自負はありますよ。

──超世代、四天王の活躍は、先駆者の天龍さんとしてはレスラー冥利に尽きたんじゃないですか?

天龍 素直に「凄いなあ!」と思って観てましたよ。ただまあ「怪我だけはするなよ」と思ってましたよ。だって俺たちの時代は殴ったりとかサッカーボールキックとかだったけど、彼らは投げっ放しジャーマンとかね、究極の攻防だったからね。馬場さんが涙したっていうのもよくわかりますよ。俺たち、プロフェッショナルから観ても「大丈夫かよ!?」っていう感じでしたからね。

──天龍さんの全日本離脱後、2人が公の場で顔を合わせたのは馬場さんが亡くなった直後の99年2月4日の池上本門寺での豆まきでした。

天龍 あの時、お付きの人間に「天龍さんにコーヒーを……」とか、気を遣ってくれて感動しましたよ。

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