【三沢光晴をめぐる証言vol.4】天龍源一郎インタビュー (3/6ページ)

日刊大衆

でも、たった1年でケツまくって「もう馬場さんの奥さんと喧嘩しちゃったの?」っていう気持ちが強かったよ。

──あの分裂騒動で天龍さんと三沢さんの縁が切れたかと思いましたが、冬木さんの直腸がんが判明して02年4月14日にディファ有明でノア主催による引退試合を開催した時に三沢さんが小川に天龍さんを迎えに行かせたんですよね。当時の全日本とノアの関係は険悪だったのに、GHC王者の小川が三冠王者の天龍さんを迎えに行くなんて有り得ないことでしたよ(苦笑)。

天龍 そんなこともありましたね。三沢とは社長室で会って、冬木とは控室で話をして……リングには上がらなかったけど、あの時は元子さんも見て見ぬふりをしてくれたんじゃないかな。冬木と三沢は仲が良かったからね。冬木、三沢、俺……常に周囲に馴染まない同士が仲良かったっていう感じがしますよ(苦笑)。

──そして時は流れ……05年1月8日のノアの日本武道館に天龍さんが上がり、天龍&越中VS三沢&力皇という形で実に15年ぶりにリングで再会しました。

天龍 02年9月いっぱいで元子さんが全日本から手を引いて……俺は元子さんがいたから全日本に戻ったんであって、武藤体制になってものうのうといるわけにいかないからフリーになって「どうしたものかな?」と思っている時に三沢から声が掛かったんですよ。で、元子さんに「三沢から声が掛かったんだけど、ノアに上がっていいですか?」って聞いたら……快諾はしなかったけど「天龍さんが決めたんだったら」ってことで上がるようになったんだよ。俺は「懐かしい全日本の空気に触れられる」と思って行ったけど、やっぱり“三沢光晴のノア”だったね。馬場さんの遺志を継いだ三沢光晴の団体でしたよ。




──15年ぶりの三沢光晴はタイガーマスクではないわけだから、天龍さんが食らったことがないエルボーなどの新しい技もあったわけで……。

天龍 俺が全日本にいた頃の三沢はテクニシャンだったけど、パワーファイターになって、それなりに威力を持った技がありましたね。「懐かしいなあ」って感慨深げにリングに上がった俺の目を覚ましてくれたのが三沢光晴でしたよ。「天龍さん、昔の三沢光晴とは違いますよ!」っていう感じで攻めてきたのを覚えてますよ。

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