【三沢光晴をめぐる証言vol.4】天龍源一郎インタビュー (5/6ページ)
武藤は柔道やっててプロレスの世界に飛び込まされて、自分の中の感覚でのプロレスだと思うんだよね。
──さて、天龍さんは05年の末でノアへのレギュラー参戦を終了しましたが「郷愁の気持ちもあってノアに上がったけど、上がらないほうがよかったかも」って言ってましたよね。
天龍 やっぱり「三沢が頑張ってるんだな」っていう愛情だけで遠くから見守っていたほうがよかったっていうのはありましたよ。郷愁で行ってみたら、三沢が何かよそよそしく気を遣っているし、田上とか知った顔はいるんだけど、キャリアを積んだレスラーを迎えるような目で見られたらやっぱり「おいおい」って思うからね。微妙な……アンバランスな中のバランスだったね。俺はもっと溶け込んで、もっと甘えたかったんだけど、それをさせないノアがあったね。その前に元子さんと会って、故郷に帰る気持ちで10年ぶりに全日本に戻ったわけだけど、そこには川田利明と渕正信の強固なバリケードがあって、その中には1ミリも踏み込めなかった俺がいたわけだから。それを踏まえてのノアだったから、特に郷愁が強かったと思うんだよね。でもノアにもやっぱり同じようにバリケードができちゃっていたっていうのが正直なところだね。
──それからは09年6月に三沢さんが亡くなるまで接点はなかったと思います。
天龍 そうですね。これは誤解してほしくないんだけど……三沢光晴が試合中に命を落とした時に「三沢光晴らしいな」と思ったと同時に、ホントに素直に「長い間、プロレスに命を懸けてきて、ご苦労さん」って、今まで一緒にいた友として受け止めることができたし、あの世に送ることができたと思うんですよ。今でもOさんとかと会った時に常に三沢の話題が出るんですよ。「いやあ、みっちゃんと飲んだ時は……」「あいつだけは……」って。それは俺たちしか知らないことだからね。これはホントにずっと宝物だと思うんだよ。だって皆さんが知っている“プロレス一本槍の三沢光晴”じゃないところばっかし知ってるわけだからね(笑)。それは俺や圓楽師匠、Oさん兄弟とかしか知らない三沢光晴だから。またいずれ……何年かして三沢と会う時に、そういう話がまた出るんだと思うよ(微笑)。