消失する日本の往来――「消滅可能性都市」の現在/十津川村(第1回)

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玉置山山頂付近から十津川の山並みを眺める。

2014年に日本創成会議・人口減少問題検討分科会が発表した衝撃的な資料がある。当時の会議の座長であり、その後、東京都知事選にも出馬した増田寛也氏の名前をとって通称「増田レポート」と呼ばれる。その中のある言葉が日本中を震撼させた。「消滅可能性都市」。2040年までに全国1800市町村のうち、実にその約半数である896の自治体が消滅する恐れがあるというのがその中身だ。この「消滅」とはどういうことだろう。町が、村が、......なくなってしまう。そのイメージがわかない。ダムの底に沈むのでも、大災害が襲うわけでもない。ただ、町や村がある日忽然となくなるのだ、と、そのレポートは告げていた。

本稿は、消えゆく往来の記録である。先の資料が予測した「消滅」する可能性があるとされた自治体に赴き、その土地の往来の記憶を、ただただ書き残すことを目的としている。巷間よく叫ばれる「地方創生」のためでも、いわゆる「町おこし・村おこし」を目的としたものでもない。地方の「今」を、ありのままに記す、いわば「往来のログ」の採取である。「消滅可能性」とされた町や村は、予測が示すとおりに何十年かのち、本当に「消滅」してしまうかもしれない。そうなれば、そこに存在した往来の記憶もやがて、時間の経過とともに失われていくだろう。だから、「記録」をする。そして、ネットというタイムカプセルの中にそっと押し詰める。そんな連載である。

もちろん、「消滅」などさせまいとする、そこに暮らす人々の凄まじい努力は知っているし、敬意を払って余りある。だから、本稿がもし、人口減少に悩む自治体のなんらかの活性化のヒントに少しでもなるのであれば、それは望外の幸せであることも付記しておきたい。

町も村も、そこに人が住んでいる限り、生きている。その息づかいが交差する「往来」を取材した。以下は、その記録と記憶である。

天空の村、天孫の民

大山塊――40年前、この土地を訪れた司馬遼太郎は、その著書『街道を行く』の中で奈良県・十津川村の地形をそう著わした。現在は隣接する五條市からの道が整備され、以前に比べて格段にアクセスがよくなったものの、今もって秘境と呼ばれる、そんな土地である。「人馬不通の地」と形容されたこともあった。

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