メトロポリスから現在まで、なぜSFには女性のロボットが多いのか? (4/8ページ)

Kotaku

しかし、あまりにもAIの行動や思考、仕草が人間と変わりない場合、その外見を「製作者の意図を反映させた作り物」と切り離して、AIのアイデンティティーとリンクさせずに考えるのは難しいと思われます。

官能的なダンスを披露した『メトロポリス』のマリア以降、1960年代を迎えるまで、ガイノイド(人間の女性に似せて作られたヒューマノイド)はほぼ登場していません。しかし、60年代の「性の革命」と同時期に、人間を誘惑するロボットが多く描かれるようになりました。


70年代になると、「フェムボット」という言葉が一般的に使われるようになり、テレビシリーズの『地上最強の美女バイオニック・ジェミー』では、顔面を剥がすと機械の顔が露わになる美しい女性ロボットが登場。彼女を通して、ロボットの持つ残酷さは、女性らしさで隠すことができると視聴者にインプットしたのです。


優秀すぎるエリート妻を持つ劣等感の塊の夫たちが、妻たちの脳に「従順ワイフチップ」を埋め込んで、大人しくいつも笑顔で従順で常日頃からドレスアップし、いつなんどき求めても熱いセックスに応じるロボットにしてしまうという恐ろしい悪夢を描いた『ステップフォード・ワイフ』(2004年にニコール・キッドマン主演でリメイク)のロボット妻は、文化的象徴にもなりました。


80年代になると、空山基が描いたエロティックでメタリックな質感の女性が火付け役となり、セクシーなイメージのガイノイドがブームになります。


チェリー2000』や『ときめきサイエンス』といった映画では、より性的魅力を持つ人工女性が、『ブレード・ランナー』や『EVE/イヴ』にはセクシーかつ暴力的なガイノイドが描かれました。

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