三島由紀夫、自決から45年。その叫びが今こそ現実味を帯びる (1/4ページ)
1970年11月25日、文豪・三島由紀夫が自決した。
市ヶ谷駐屯地の屋上での演説後、三島が割腹自殺にいたったのは、衝撃的な出来事として歴史に刻まれている。
三島が死を賭して自衛隊員に語ったこととは何か? 一部を抜粋すると以下になる。
「おまえら、聞けぇ! 静かにせい、静かにせい! 話を聞け! 男一匹が命をかけて諸君に訴えているんだぞ。いいか。いいか。
それがだ、今、日本人がだ、ここでもって立ち上がらねば、自衛隊が立ち上がらなきゃ、憲法改正ってものはないんだよ。諸君は永久にだね、ただアメリカの軍隊になってしまうんだぞ」
「俺は4年待ったんだ。自衛隊が立ち上がる日を。4年待ったんだ。最後の30分に、待っているんだよ。諸君は武士だろう。武士ならば自分を否定する憲法をどうして守るんだ。どうして自分を否定する憲法のために、自分らを否定する憲法にぺこぺこするんだ。これがある限り、諸君は永久に救われんのだぞ。
諸君は永久にだね、今の憲法は政治的謀略に、諸君が合憲だかのごとく装っているが、自衛隊は違憲なんだよ。自衛隊は違憲なんだ。きさまたちも違憲だ。憲法というものは、ついに自衛隊というものは、憲法を守る軍隊になったのだということに、どうして気がつかんのだ! 俺は諸君がそれを断つ日を、待ちに待ってたんだ。諸君はその中でも、ただ小さい根性ばっかりにまどわされて、本当に日本のためにたちあがるときはないんだ」
三島はこの日、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地内東部方面総監部の総監室を訪れ、面談中に益田兼利総監を、人質にして籠城した。反共、天皇制支持、暴力是認を掲げた「楯の会」メンバー4名とともに行った計画的な行動だった。
三島は4つの要求を書いた紙を、外にいた幕僚らに渡した。これらの要求が通らなければ、総監を殺し、自らも切腹することを宣言した。
要求通り、市ヶ谷駐屯地に自衛隊全隊員が正午前に集められ、午後1時10分まで妨害しないことが決められた。