真田丸で話題の……「真田幸村」は存在しないってほんと? (1/2ページ)

ゲームでも人気の戦国武将。誰もが知っている人物なのに、史実には登場しないひとがいるのはご存じでしょうか?
最近ドラマで盛り上がっている「真田幸村」が信繁(のぶしげ)と表記されるのは、子どものときの名前ではなく、これが本当の名。「幸村」は江戸時代の小説で「勝手」につけられただけで、史料にも、自筆の書類にも、真田幸村という人物は存在しません。関ヶ原の戦いでは兄と敵対、豊臣側について破れたあとは謹慎生活を送るなど、苦労の絶えない人物だったのです。
■誰も知らない「真田幸村」
ドラマで話題となっている真田幸村は、歴史好きじゃないひとでも名前は聞いたことがあるでしょう。真田信繁(幸村)と紹介され、おとなになったら幸村に変わる? と思っているひともいるでしょうが、残念ながら幸村は本名でもなければ「あだ名」でもありません。つまり「真田幸村」は歴史上存在しない武将なのです。
むかしの日本では「幼名」があり、いまの成人式に相当する元服(げんぷく)を境に名前を変えるのが一般的で、著名な人物では、
・徳川家康 … 竹千代
・豊臣秀吉 … 日吉丸
・伊藤博文 … 利助
など、明治9年に改名が禁止されるまでは当たり前のようにおこなわれていました。ところが真田幸村の幼名は弁丸で、おとなになってからは信繁。幸村の名はまったく使われず、いったいダレの名前ですか? 状態なのです。
そもそも真田信繁の記録には不明点も多く、名前についても諸説ありますが、史料にも書状にも幸村の名は登場せず、使っていない説が有力。それでも幸村で知られるようになったのは江戸時代の小説「難波(なにわ)戦記」がきっかけ、本人も知らないところで「幸村」と呼ばれるようになったのです。
著名な小説にも幸村と記されたものは多くありますが、小説ですから目くじらを立てる必要はないでしょう。