解剖学がなかった時代、昔の人が人体に住んでいると考えていた10の奇妙なモノ (3/9ページ)
3. ”常識”という感覚器官

出典: karapaia
現在では隠喩のようなものだが、常識はかつては体の器官として始まった。アリストレスは、解釈され、判断された感覚のデータがすべて蓄積されている場所が心臓の近くに存在すると信じていた。
人間の感覚器官が周辺から情報を受け取り、それが血液によって運ばれて、sensus communis(常識)と呼ばれる中心機能へと送り込まれる。このsensus communisが、情報を処理して、行動や理解へと変換する機能をもつとされた。
ガレノスはこの概念には賛成していたが、彼は感覚の情報はが血液ではなくプネウマによって、空洞の感覚神経を経由して心臓ではなく脳へと運ばれると考えていた。脳が運動神経にプネウマを送って、そこから情報を動きに変える筋肉へと伝達しているというのだ。ガレノスの功績がルネサンス期までの医学の源となっているのは間違いないこともあり、人々は脳の中にあるというこの常識という"器官"を探し続けた。17世紀に解剖学が発達して、実際に人間の脳の詳細が研究されて初めて、常識という器官はないことがわかったのだ。