なぜ中東では争いが絶えないのか?中東に関する10の歴史的事実 (6/8ページ)

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■ 3. イラクの災難


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 イランとサウジが張り合っている中で、その争いに歯止めをかけるジョーカーがひとつだけあった。両国とも、サダム・フセインを実質的な脅威と考えていた。

 このイラクの独裁者の激しい気性と絶対的独裁政治があらゆる人間を震え上がらせていたからだ。皮肉にも、その恐怖のおかげで、この地域の安定をかろうじて保つことができる理性が多少は働いたといえよう。獰猛な犬と一緒に檻に入れられたふたりのファイターのように、どちらも自分から先に動いて噛みつかれる危険を冒したくなかったのだ。

 しかし、2003年が近づいた頃、米国がその猛犬に攻撃をしかけた。サダムの死で、イランとサウジのパワーゲームの最後の歯止めが取り除かれてしまった。さらに悪いことに、この二大国がイラクの政権空白状態を穴埋めしようとするのを助長した。

 サウジは、サダムに排斥されたスンニ派を擁護して、彼らを新たなシーア派政府に対して武装させた。一方、イランは、イラクの新しいシーア派指導者たちを支援して、長年支配されていたスンニ派に対抗する血で血を洗う殺し合いに突入していった。こうしたカオスの中で得をしたのは、イラクのスンニ派ジハード戦士アルカーイダだった。彼らはその後、ISというあまりに有名な別の名前で呼ばれるようになる。



■ 2. パワーゲーム


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 サダムとイラクの足枷がなくなり、イランとサウジは権力闘争を劇化し始めた。レバノン、バーレーン、イエメンも、それぞれ支持しているのシーア派、スンニ派の味方について互いに反目するようになった。
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